お祝いとは。

ちょっと前だけど中古で家を買った。

東京都と言うとなんかむきになって否定してくる人が現れるレベルの東京都だ。

うるさいよ、23区だけが東京じゃねんじゃ。

私には分不相応な気が未だにするけどもう買ってしまったものは仕方がない。やっぱりやめたという訳にもいかずローンを支払い始めたのである。

さて、ひっそりと生きていたいのであるけれどもマイホーム購入というのはやはりそれなりのライフイベントのため周りには何らか言われる。会社には親しい上司以外には基本隠しているのだが、友人にはもちろん報告した。

するとお祝いあげるよ!欲しいもの言ってよ!とありがたい申し出を受ける。

ありがたいけどその実困ったもんである。いや、困ったとか言ってスッゴク嬉しいんだけどさ。人生で祝われることなんてあと何回あるだろうね。

必要なものは自分達で揃えたい性質のため、なかなか思いつかないとともに自分からリクエストする際の価格相場がさっぱり理解できない。

もちろん一般的になんぼほどというのはいくらでもネットに書いてあるけれども、大体最後は「ケースバイケース」等と濁して記事が締められる。

分かってるわよそんなの。

読むだけ無駄と思いながらもつい目を通してしまいやはり徒労だったときのやり場のない情けなさよ。

こういうとき相手にお任せすると、価格的には妥当かもしれないもしくはなかなかに高価だが、水素水とかやめてよねみたいなものが来る可能性もあるし、そんな高いものいただいたら足を向けて眠れませんみたいな感じでも恐縮するし。

これどうすりゃいいんだろう。

今はアマゾンのウィッシュリストがあるのでそれ便利かなと思ったけど、アマゾンは露骨に価格が分かる。複数の商品恐らく価格もバラバラなもの入れててもどれをチョイスしてくれたかで余計な気を回しそうである。

ここまで書いてきて非常にコミュニケーション不全な人だな自分はと。

素直に「これが欲しい!」と表現することが非常に罪であるかのように感じてしまうのだ。

次男でいつもお下がりばかりもらっていたからだろうか。自分のために新しいものを買っていただくということがとんでもないことだという感覚が静かに醸成されつつこの歳になったんだと思う。

さておき、どうしたものか。ひとまず曖昧な話題で友人には返信したものの、うーん。

贅沢な悩みだこと。

ズバッと価格帯聞いた方がいいのかね。

うちには時計がないので時計が欲しいですね。(物欲)