ふと、思い出語り。
大学生になった時に地元を離れた。自炊を始めた。
親の手伝い(多分邪魔だったろう)で台所に立つのは小学生時分からしていたので調理には抵抗はなかった。
ただ何にも知識がないので的外れな見様見真似の積み重ねでなんとかやっていた感じ。
出汁というものをよく知らなかったので、干しシイタケを戻した後に戻し汁を全部流しに捨てていたこともある。ザバー。うわー。シイタケが本体と思うじゃん?最初は。
私も非常識なことをついつい馬鹿にしがちだが、知らないとできないってことは本当にある。知らなかったんだよ、キノコの出汁なんて。
そんな感じでサークルの後輩にあまり美味しくないご飯をふるまったり、料理大好きな先輩にごちそうになって感心したり(その先輩は今名古屋でイタリアンのレストランを経営している)して過ごしていた。
なんか牧歌的だなあ。
お酒を飲むのもお店ではなくだいたい誰かの家で、買い込んだお菓子もいいけどなんかちょっとしたおつまみを作った方が喜ばれるから作ってたし。非常に簡単なもので、キュウリを塩昆布で和えたりとか。乾燥ワカメを戻してかんたん酢みたいなタレで酢の物にするとか。
一人暮らしではあったけれど、同じ大学の人間がみんな一人暮らしで近所に住んでいるっていう特殊な陸の孤島大学だったため、イメージされる一人暮らしともまた違うかもしれない。
大学はサークル中心で動いていた。学部の友人はほぼいなかった。
サークルに入り浸っていた。
特殊な専攻でもなかったはずだけれどなんか同じ学部の人が一人もいない演習とかが多くてどんどん距離が離れた感じ。故あって卒業が二年遅れたのだが、同時期に卒業しなかったことで「大学を辞めた」「死んだのでは」みたいに思われていたらしいよ。
大学の時の友人で今も連絡を取るのは全部サークル関連。学部の同学年はゼロ。極端が過ぎる。
勝手な意見だけども親元から離れたことがなくずっと暮らしている男は本当に家のこと何もできないモンスターができあがるよね。一人暮らしのくせに私は掃除が大の苦手でしたが、それは棚に上げてたぶん家事というものが何も分からない人間になる。
親、基本なんでもやってくれるもんな。すごいよな、親。
今私が実家に帰っても親何でもやってくれるもん。布団くらい自分で敷けるというのに。
なんかこの頃家人の仕事の都合で一人ご飯が多くて、適当に自炊をしていたのでちょっと学生時代を思い出してしまった。
昨日は鰯を生姜で煮た。魚屋で頭と内臓は処理してあって楽だったけどついてても問題なくできる。小魚ならなんとかできるくらいにはなっている。ただ三枚おろしとか、ちゃんと捌くことはできない、まだ怖い。
先日ホヤを剥いたときは汁で台所を汚してしまったりもした。いまだに試行錯誤の日々。