シャウルマ(Шаурма)の話。

昨日はちゃんと夕食をとるのが微妙なタイミングで用事が入っていたので本当になんとも何年振りかもっと長いスパンかもしれないがファーストフード店に入った。ちょっとだけお腹に入れようと思ったのと、今このちょっと急いでいる状態での飲食には500円までしか使いたくないなと思ったのとでそれらの交点がケンタッキーだったのだ。松屋牛めしを食べるのとすごく迷っていた(店が隣接していた)んだけど、いや松屋にもそっちはそっちの交点はあったのだけれども「ドリンク全サイズ100円」に引っ張られてケンタッキーに決めた。ちょっとでもお得と感じるものに弱い。あとその時すごく喉が渇いていて水分をキュッと行きたかったのだ。味噌汁の塩気にも惹かれたがあの灼熱のをキュッとすると咽頭が焼かれる。

ドリンクとちょっとした食べ物で500円に抑えようとメニューを見てみたらツイスターという商品があった。390円。パンと揚げ鶏とレタスとかだな。これはちょうどよさそうだ。いや本当にファーストフード行かなさ過ぎてメニューがわからないのよ。ツイスターってのも聞いたことはあったけど実際それが何なのかは初めて認識した感じで。しかし今はファーストフードも高いですな。いつまで言うんだこれ感もあるんだけど500円でセットが普通に食べられていた時代を見てるとハンバーガー的なものが単品で600円とかなんだもんな。いつまで言うんだこれ。

で、ツイスターとドリンク(もちろんLサイズ)で490円。ワンコインに収まった。ピッ。suica決済。ワンコインは概念。

生まれて初めて食べるツイスター。
紙の包みをほどき出てきたのは。薄い、パン。あ、もちろん中に揚げ鶏が入っていてレタスが入っていての商品なんだけど私がまず感じたのは薄い生地のパンだな、というところ。これはポジティブな感想だ。別に声高に主張する機会がないので誰にも言っていないが、発酵していない生地の薄いパンが大好きなのである。ピタパンよりももっと薄いペショっとしたパン、パンというか小麦のシートくらいのがいい。
なじみのありそうなところではチャパティインドカレー屋でたまに出てくる。ナンが一般的だしナンはナンでとても美味しいけれどチャパティの素朴なかさかさ食感もとても良いものだ。他にはトルティーヤ。もともとはトウモロコシ粉で作るものだが小麦粉で作るフラワートルティーヤもある。これもペラペラでたまらない。

そして私が最も好きな発酵していない生地の薄いパンはラヴァシュである。
これはなかなか日本では一般的なものではないと思う。西アジアや中東あたりの薄いパンだ。パンというかもう食べられる布みたいな。私が何でそんなとこのパンを好きになったかというと、ロシアにいるときに食べまくっていたからである。また別の国出てきたよ。
もともとトルコ発祥の料理であるシャウルマというファストフードが、なぜかロシアにガチっと定着しているらしい。(まあ日本でもケバブ屋台あるし)
私が滞在していたのはサンクト=ペテルブルグで寮の前、地下鉄の駅前、道端、いたるところにシャウルマの店があった。よく食べていたシャウルマはいわゆるケバブ肉とキュウリ、トマト、キャベツなどをスメタナ(サワークリームみたいなもの)とかマヨネーズとちょっとスパイスで味付けてラヴァシュでラップして食べるもの、はいここでラヴァシュ出てきたよ。そうここ。現地の分かりやすいページがあったのでご確認ください。

ichinoheyuri.com

ほぼこれだわ。懐かしいーーーーー!
好きで好きでしょっちゅう食べていた。考えてみれば味のついた肉と野菜をパンで包んで美味しくないはずがないな。当時は確か換算すると200円程度とかなり安かったのもあり週に3回とか食べてた。だって寮の入り口の前にあるんだもの、店が。食べちゃうよ。ちょっと小腹が空いたときにもこれだし、料理作るの面倒な時もシャウルマでいいかになる。とにかくこのシャウルマが美味しくってついでにラヴァシュも大好きになった。ラヴァシュ売ってるパン屋探して買ってきて、広げると半畳ほどにもなるラヴァシュを一人でビール飲みながらもしょもしょぱりぱりしていたこともある。食べ始めると止まらなかった。うっすらとした塩気がまた癖になるんだ。
シャウルマ屋台には他にシャヴェルマ(шаверма)がありこちらは同様の具材をピタパンで挟んだものでそれは日本で食べるケバブサンドみたいなもんだった。シャウルマとシャヴェルマの違いは売られている地域によって呼び方が違うだけとか中の肉が違うとかいろいろ記事がありましたが私の体験ではシャウルマがラヴァシュでシャヴェルマがピタパン。書いてたら思い出されるロシアでの日々よ。だいぶ昔だから断片的だけど。

数年前からロシアの残念な行いにより好意的な視線が送られることはなくなりましたが、実は隠れてロシアラヴァーだった私としてはこういう楽しかった思い出までなしにはしたくない。
指導者が病気などを理由に表舞台から退いてがらりと世界が変わる瞬間が待ち遠しい。老いる前にもう一度、いや二度三度、かの地を訪れたいものである。